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みなもと

 ねえ
 大丈夫でしょうか

 神様って
 ご飯食べられなくなっても平気でしょうか
 夜ちゃんと眠れなくっても平気でしょうか

 大切な子なんです
 大丈夫でしょうか


 この子の父親は
 虎のように強く魚のように靭やかな
 とても優れた神様でした

 けれど妻だった姉さんが死んだとき
 悲しみのあまり湖に身を沈めて
 二度と浮かんで来ませんでした
 生まれたばかりのこの子を残して
 一人で天へと帰ってしまいました

 だからわたしがこの子を育ててきたんです
 わたしだけが名前を呼ぶことを許された
 大切な愛しい神様なんです
 何より慈しんで育ててきたんです


 いつも抱え込むようにして育ててきたんです
 村の他の人は疎ましげに接することもあったけれど
 わたしはこの子に憎しみも怒りも教えてこなかったんです
 だからこの子は愛することしか知りません
 愛されたことしかきっと覚えていないんです

 この子一人でご飯食べたことないんです
 いつも一緒に食べるようにしていたから
 外で獲物を捕まえてきても
 必ず持って帰ってからでないと食べられないんです

 この子一人では夜眠れないんです
 いつも歌を歌ってあげないと眠らないんです
 わたしが先にうたた寝してしまうと
 目を覚ますまで顔を覗き込んで待っているんです

 ねえ大丈夫でしょうか
 わたしがいなくなっても大丈夫でしょうか
 この子は人ではなくて神様だから
 何も食べなくても夜眠らなくても平気でしょうか

 大切な子なんです
 誰よりも幸せになってほしいんです
 あの明るい可愛い屈託のない笑顔を
 忘れてしまうなんてことないでしょうか


 だって
 わたしもう長くないんです
 おなか痛くて血が止まらなくて
 眩暈がひどくて起き上がれないし
 ときどき胸が痛くて咳が止まらなくて
 水を飲んでも吐いてしまうんです

 あの子を置いていくのは怖いんです
 あの子を突き離すことはできないんです
 でももうわたしも限界なんです
 どうしたらいいんでしょうか


 まだお乳が必要な
 あの子の赤ちゃんだっているんです
 わたし以外の言葉がわからないあの子が
 どうしたら暮らしていけるでしょうか

 わたしの傍から離れたことないのに
 他の人は誰も愛してくれないのに
 人を憎むことを知らないあの子が
 どうやったら生きていけるでしょうか

 あの子大丈夫でしょうか
 誰よりも純粋で寂しがりやなんです
 赤ちゃん抱えて一人で生きていけるでしょうか
 わたしが留守にすると泣きながら探しにくる子なのに


 あの子大丈夫でしょうか
 誰より幸せになってほしいのに
 わたし傍にいなくて大丈夫でしょうか
 一人でちゃんと笑えるんでしょうか

 ご飯食べられなくなっても
 眠ることを忘れちゃっても
 神様は大丈夫でしょうか
 ちゃんと生きられるでしょうか

 怖いんです
 それだけが気懸りなんです

 いっそあの子の記憶から
 すっかり消えてしまっても構いません
 あの子に幸せに生きてほしい
 望むのはそれだけなんです

 あの子ちゃんと生きていけるでしょうか
 幸せになれるんでしょうか
 お願いです
 誰か教えてください



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