29 まいったな | モクジ | 31 緊迫


追憶の花

 この世界には、二人の天子が降りていた。

 一人は天が最も寵愛した末子。
 手放すことができなかったがゆえに、
 最も荒廃した末世に送り出さねばならなかった。

 一人は天の気性を受継ぐ長子。
 元始の渾沌を瞳の中にそのまま宿し、
 それゆえ疎まれ乱世に突き落とされた。




 天は二人に使命を与えた。
 終末を司る末子には、古い天下を閉じるという使命を。
 原初を司る長子には、新しい天下を開くという使命を。

 そして先に使命を為し遂げた末子を、
 易々と自分の腕の中に引き戻したのだった。
 疎まれた長子は地上を這い回り、
 今も渾沌の闇を捏ね続けている。

 天の気性そのままに
 末の弟に焦がれながら、
 姉の天子は今も泥の中を駆け回る。
 天に疎まれ捨てられて
 世界を憎み呪いながら、再び作り上げようとしている。


 彼女に否がないのはわかっている。
 末子たるあの子が死んだのは、御祖たる天の為したことで、
 彼女もまたその宿命に引き摺り回されていたに過ぎない。

 それでも彼女が憎らしかった。
 渾沌そのままの気質を見るにつけ、
 勝手で奔放な天の姿を見るような思いがした。
 あの子が宇宙で最も美しく愛しいものならば、
 彼女は宇宙で最も醜く嫌悪すべきものだった。

 それはあたかも、一つの真理の裏表のように。


 一方的な感情だとはわかっている。
 余りにも彼女にとって不当な感情だとはわかっている。

 けれどあの子が可愛ければ可愛いほど、
 彼女は余りにも憎らしい。

 あの子の背中合せに佇んで、
 あの子の影となっていた、
 渾沌の闇の女神が疎ましい。

 天を憎むことが敵わない代わりに、
 わたしは彼女を、永久に疎む。


 あの子を奪った天の代わりに、
 天によく似たこの渾沌を、永久に嫌悪する。



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