27 憎しみ | モクジ | 29 まいったな


白煙の彼方

 前も後ろもわからなかった
 既に立ち込めた煙は、道行きをすっかりふさいでしまっていた
 方向を間違えたら、炎の中に戻ってしまうのに、
 それなのにもうどちらに逃げればいいのかもわからなかった


 煙にやられて、涙ぐんだ目を擦りながら目印をさがす
 けれどもう、肩に当たる壁すら見ることができなかった
 咳が止まらず、ほとんど息もできなかった
 火が回っているのか、それとも火元に向かってしまっているのか
 周囲の空気が少しずつ熱を帯びていた


 その瞬間
 声にならない、声を聞いた気がした
 振り仰ぐとほんの一瞬、吹き込んだ風が煙を割った
 その先に、白い階段が見えた

 中段に、人の姿が見えた
 白くすらりと丈高い、静かな立ち姿
 白い風の中に躍る長い髪は、見たこともない淡い亜麻色
 白い横顔が音もなく振り返り、ひらめく瞳は深い紫紺

 もう何度も繰り返し夢に見た、
 誰よりも昔から知っている面影だった


 色のない唇が、音もなく動いた
 逢ったこともないはずなのに、
 その人がぼくを呼んでいるのはすぐにわかった
 その人がどんな声でぼくを呼ぶのか知っていた

 白い煙で、目の前が霞んだ
 白い姿が、涙でぼやけた
 それでもその表情を見分けられたのは、
 多分いちばんよく見知っていたからだ


 鏡に映るぼくの瞳の奥から、ぼくを眺めるその面差し
 ぼくの血の一滴に、ぼくの身体の隅々に宿り
 絶えずぼくを見守るその面影

 白くにじんだ視界の向こうで、
 その人は静かに微笑んでいた


 掠れた咽喉が、知らずの内に叫んでいた

 ――お父さん、と



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