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分身

 「アルゼル」

 何度言ってもお前は呼び方が改まらないなあ。
 俺はアーサー、thは濁らない発音なんだってば。



 「お前には世話になった」
 おう、さすがにあのときは俺まで死ぬかと思った。

 「だから恩を返さなければならない」
 いやmustは必要ないから。

 「ならば恩を返さねばならないのだ」
 have toでも意味は変わらないって。

 別にいいよ、友達なんだから。

 「友達ならば、余計に厚く礼をさせてくれ」
 何でこんなに律儀なんだろお前。

 「部族の習いだ。親にも厳しく躾けられた」
 ああ、そりゃ見ればわかる。

 「アルゼルには命を救われた
  だから相応の恩義を返さなければ気が済まない」

 いや、でもそこまで気負う必要はないからさ。

 お前が生きて帰れたんで、俺としては充分なんだよ。
 俺はともかく、お前には嫁さんも子供達もいるんだから。

 「そうだ、お前には子供がいない
  甚だしい問題だ」

 おい、何でそっちに話が飛ぶんだよ。

 「お前はいい人間だ、それなのに五十を過ぎて独り身だと
  このままではお前の血が絶えてしまう」

 ――ああ、そういやお前等はそう言うの気にするんだっけ?
 俺は別にいいんだよ、結婚とかするつもりはないんだ。


 「けれどお前は兄弟がいないだろう」

 うん、まあそれはそうなんだけどね。

 俺はさ、もう一生分の恋愛をし尽くしちまったんだよ。
 多分他の女の人を好きにはなれないし、
 そんなんで結婚しても相手が可哀想だしね。


 「だが、それはお前の祖先に対する不敬だ」

 ……?
 お前達の宗教観でモノを言うなよ。よくわかんないよ。

 「宗教ではないだろう
  お前が子孫を残さなければ、お前の祖先の血が絶える
  お前の中に生きている全ての祖先が、
  このままではお前の死と共に滅んでしまう」

 ああ、そういう理屈か。
 うん、それは少し申し訳ないんだけどね、
 俺はそうでもしないと償いきれない罪を背負ってるんだ。

 俺は結婚はしない。子供も残さない。
 俺はこのまま独りで死ぬよ、それが唯一の贖罪だ。

 「だが、それではお前は祖先を滅ぼした罪を得る」

 ――うん、仕方がないよ。
 それが彼女に対して俺の犯した罪だ。

 「お前はその罪を贖えたのか」

 何度も言っているだろう、
 贖いきれるものじゃないんだ、俺の罪は。
 それでもそうやって、少しでも償っていかなきゃいけない。

 それに、この罪を俺の子供や孫に押し付けたくはない。
 これは俺が一人で背負わなければならないんだ。


 「――アルゼル、お前が何をしたのかわたしは知らない
  だが、わたしはお前に助けられた
  だからわたしもお前を助けなければならない」

 お前も頑固な奴だよな。
 いいんだよ、あれは俺が好きでやったことなんだ。

 俺の罪は、お前とは関係ない。

 「しかし一人で償えないのなら、
  人の手を借りるしかないだろう」

 頼む、これ以上触れないでくれないか。
 幾らお前でも、語りたくないことはあるんだ。


 「逃げるのかアルゼル
  お前は自分一人で罪を償おうとして
  償いきれずに新たな罪を背負う道を選ぶのか」

 「お前が犯した罪を、わたしは知らない
  しかしそれが真の罪であるならば、
  そしてそれが償い得るものであるならば、
  お前は何代を経ても償わなければならない」

 ――そうして子供や孫にこの思いを味わわせるのか。
 それはお前がこの罪の重みを知らないから言えるんだ。

 「お前は自分の血族可愛さに、罪を償う道を捨てるのか
  お前は逃げているだけだアルゼル、
  真に償うつもりなら、あらゆる犠牲を覚悟しなければならない」

 お前は何が言いたいんだ。
 俺にどうしろと言いたいんだ。
 いい加減にしろ放っておいてくれ俺は――。



 「わたしの娘をやろう」

 ――は?

 「お前に、わたしの一番上の娘をやる
  今年十六で、もういつでも子供を産める」

 いや待て今かなり論理がぶっ飛んだ。
 って言うかわかってるのか俺はお前より二歳年上だ。

 「わたしの子供は、わたしの分身だ
  わたしだと思って妻に迎えればいい」

 違う意味で嫌だよそれ。

 「お前が償いきれない罪を背負っているなら、
  わたしもそれを共に背負おう
  お前の子供はわたしの孫、お前の孫はわたしの曾孫、
  わたしもお前と共に、お前が許されるまで償おう」

 ――でも、子供はお前の分身じゃない。
 何も知らずに生まれてくる子供達に、この罪は負わせられない。

 「アルゼル、人は死んで全てを終える訳ではない
  その子供の中で、その更に子供の中で、
  永久にその血を生かし続ける
  ――逆もまたしかり
  人は一人で生まれる訳ではない
  自分に連なる一人の祖が欠けたとて
  生まれてくることはかなわない
  お前もわたしも、無数の祖の分身なのだ」

 だから罪を押し付けても構わないのかい。
 俺はそれには納得しかねる。
 お前の好意はありがたいが、俺はやっぱり一人でいい。


 「お前は罪しか残さないつもりなのか」

 「深い罪を残してしまうのならば、
  それを凌ぐ徳をも同時に残してやれば構わない」
 俺には無理だ。

 「だがわたしはわが娘にでき得る限りの徳を与えた
  わが娘も自らの子にそれを残すことができるはずだ」

 ……そうか。

 「アルゼル、人は一人では親になれない
  お前一人の手には余るかもしれないが、
  わが娘と娘の中に宿るわたしが手伝おう
  仮にその子供が償いきれなくても、
  その子は新たな伴侶を得ることができるだろう」

 「アルゼル、お前の罪は深いかもしれない
  お前には償いきれない罪かもしれない
  しかしお前とお前の妻、そしてその子供とその伴侶、
  それだけの徳を重ねれば償えるかもしれない
  ――お前の孫ならば、お前の罪を償いきるかもしれない」

 「アルゼル、わたしはお前に恩がある
  お前が償わなければならない罪ならば
  あらゆる手段を尽くしてでも、わたしも共に償おう
  だからお前は逃げてはならない
  未来から目を背けてはならないのだ」

 ――そうか。
 そうだな、償えるかもしれないなら、逃げちゃ駄目だな。
 可能性を捨てるのは、もう二度としてはいけないんだよな。
 確かにそれはそうかもしれない。ありがとう。


 だけどもう少し考えさせてくれ、
 さすがに十六歳の花嫁は心の準備がかなり要る。



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