21 嘲笑 | モクジ | 23 どうして


黒の

 あの女に逃げられたとき、
 わたしがどれほど悔やんだか、お前にわかるか?

 あの足を削いでおけばよかったと
 歯噛みしながら悔やんだものだった。




 昔話を聞かせてあげよう。

 かつてこの国には、美しい一羽の鷹がいた。
 恐ろしく賢く、狙った獲物は決して逃さず、
 その眼差し一つで辺りを威圧することができた。

 そんな名鷹を、こともあろうにこの国の皇帝は、
 他の多くの小鳥と一緒に鳥篭の中に収めていたのだ。
 時折気紛れに連れ出しては、人々に自慢する為に。

 無論誰もが羨んだ。
 誰もが彼女を持つ皇帝の権威を信じて疑わなかった。
 わたしも彼女に魅入られた。
 だがわたしは他の人々とは違っていた。

 飼主を殺し、鳥篭を壊してでも奪い取ろうとしたのだよ。
 美しく気高き篭の鷹を。

 ――残念ながら、逃げられてしまったがね。



 傷心のまま我が本国へ戻ったが、
 あの女に代わる女などどこにもいるはずがなかった。
 我が国にはカナリアやナイチンゲールはいても、
 天翔ける勇猛で賢明な鷹はどこにもいなかったのだ。

 気高き鷲の伴侶に相応しい、美しい鷹は、
 この極東の地にしかいなかったのだ。
 主を失い、野生に帰り、山野を翔ける身となって。

 彼女を捕えようと何度も試みたが、必ず出し抜かれた。
 幾ら調べても、彼女の足取りは必ず途中で絶えた。
 この黒き大鷲クラウツ・エーベルトの追撃を
 タタールの白鷹は必ず振り切り続けたのだ。

 それだけで彼女の力量が知れるというものだろう。



 ――ところで、遂に先日彼女の消息を掴んでね。
 残念ながら彼女はかなり昔に死んでいた。
 だが、彼女は一羽の雛を残していたのだよ。

 紅い翼と紅い瞳を誇る、若い雄の隼をね。


 それを知らされたときに、
 わたしがどれほど喜んだか、お前にわかるか?
 黒鷲と白鷹の、このわたしとあの女の、
 誰よりも優れた二つの血を引いた隼が、
 今この国を統べる国主の座に君臨していたのだ。

 そして何よりも、
 あの彼女が、誰よりも誇り高き彼女が、
 わたしの子供を産んでいたのだから。


 蒼炎。
 初めて会う我が息子、
 わたしが今どれほど高揚しているか、お前に分かるか?



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