面影
なぜか、はじめて母の顔をみたときに
違う、と感じたことだけは覚えている
嗄れた彼女のその歌声が、
ずっと聞こえていた優しい声だとはわかるのに、
その面差しをなぜか違うと思ったのだ
あの女性以外に、自分を産み落とした人はいないのに
自分の記憶は、そこではじまったばかりだというのに
それでも、記憶の中に別の人の面影が残っていて
なぜか忘れられなかった
物心ついて、
その面影がときおり自分を見つめていることに気づいた
暗い窓際を通りすぎるとき、
鏡の前をよぎるとき、
深い静かな淵をのぞいたとき、
――自分の面差しが、その顔に似ていると
とりとめもなく思ったのだ
「――カンメイ、この人、誰?」
部屋の端に飾られている古ぼけた写真の中、
大勢の人の中に紛れるように、その面影を見つけた
示した指先を見ることもなく、
彼女は当然のように言った
「あんたの父親よ」
鏡をのぞくたび、彼の面影が見つめる
不安そうに、ほんの少しこわばった顔で
鏡をのぞく、ぼくをのぞいている
――少しずつ、記憶をさかのぼるように
あの面影は、はっきりと似た色を浮かべてくる
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