15 驚き | モクジ | 17 期待


監獄の花

 年を取ると、頑固になっていけない。
 お前には、一度も言ってなかったね。
 ――ありがとう、と。



 紅凰、わたしはお前に随分冷たく当たったと思う。
 お前はいつも笑っていたが、内心は辛かっただろう。
 すまなかった。
 お前に不満があった訳ではなかったのだよ。

 陛下が。
 あの、まだ幼かった陛下が、随分お前に懐くものだから、
 警戒してしまったのだ。
 あの子が、お前のせいで身を滅ぼすのではないのかと。
 ――あの子の、父親のように。



 わたしは陛下が可愛かったよ。
 血族のないわたしには畏れ多いが、
 孫がいればああいうものではないかとすら思っていた。
 陛下を守りたかった。全てから守りたかった。
 あの子が死ぬのは耐えられなかった。
 他の何と引き換えても構わないと思っていた。

 あの子の為に、わたしは祖国と仲間を売った。
 あの子の為に、わたしは自分の智慧を売った。
 あの子が奪われることのないように、
 あの子の看守を自ら買って出た。
 ――孤独のまま一人で生きて、血を残すことなく一人で死ぬ、
 そんな運命をあの子に押し付けて、
 わたしはあの子を生かそうとした。

 あの子の父親と、同じ運命の檻に閉じ込めようとしていたのだ。

 あの子の父親が、自ら破滅に飛び込んだのは
 恐らくはわたしに責があるのだろう。
 わたしは彼に何も与えられなかった。
 だから飢えた彼はわたしを捨てて逃げた。
 そして禁断の甘露に手を伸ばし、若い命を投げたのだ。

 あの子の父親を殺したのはわたしだ。
 だからわたしはあの子だけでも守ろうと思った。
 ただただ愛らしい人形のように、
 無垢で無知なあの子を閉じ込めておこうと思ったのだ。

 ――わたしにはあの子のあらゆるものを、
 一欠けらとて奪う権利がなかったのに。



 それなのに、何も教えなかったのに、
 あの子はお前を連れてきた。
 未熟な感情を剥き出しにして、お前を求め続けていた。

 このままではあの子が破滅すると、
 わたしは怖くて堪らなかった。
 お前に必要以上に辛く当たったね。
 すまなかった、お前が悪い訳ではなかったのに。

 何度か出て行こうとしていただろう、
 そのたびあの子に引き止められたろう。
 たった三人しか暮らさないこの家の中で、
 お前は立場を引き裂かれていたのだね。
 辛かったろう。

 ――それでも、お前がいるだけで
 この古い家の中が随分明るくなった。
 監獄に暮らすあの幼い囚人とこの老いた看守に、
 お前は優しい風と花束を持ってきたのだよ。

 お前のおかげで、人形のようなあの子が
 はじめて人間らしい笑顔を見せた。
 お前のおかげで、この老いたわたしも
 女手の細やかな温かさを知った。

 紅凰、お前は何も奪わなかった。
 お前は全てを与えてばかりだったよ。
 あの子にも、このわたしにさえも、
 自分の持てる全てを与えてばかりだった。
 あの子は、陛下はただそれを求めたに過ぎない。
 お前が愛されたのは、罪でも何でもない。
 お前が負わねばならない責など、どこにもない。



 ――紅凰、もうこの言葉は届かないだろう。
 もうお前に向かって、この名を呼ぶ者はいないだろう。

 お前にこの名を与えたあの子は、
 今も隣の部屋で声を殺して泣いているよ。
 毎朝泣き腫らした目をして、
 それでも一人で学校に通っている。
 捕まるのは時間の問題だとわかっていても、
 逃げるのは嫌だと、泣きながら前を見据えて生きている。

 あの子を生かしてくれてありがとう。
 お前と出会えなければ、あの子は
 生きながら死んでいたようなものだった。

 生きることを選んでくれてありがとう。
 お前が生を選んでくれたから、
 わたし達は最後まで誇りを失わなくてすむ。


 紅凰、
 もうお前に向かって呼びかけることもないだろうが、
 本当はいつも詫びたかった。
 心から礼を言いたかった。
 ――すまなかった。
 そしてありがとう。

 大切な、わたし達の家族。



15 驚き | モクジ | 17 期待