05 冷酷 | モクジ | 07 恐怖


哀号


 悲しいよ
 今は、全部を捨ててしまいたいくらい悲しい
 彼女をこの手で守れないのが悲しい
 俺の、自分自身の非力が悲しい
 彼女を守るにはこうするしかなかったってことが悲しい

 それよりも何よりも
 彼女と一緒にいられないことが悲しい



 あいつはいつも、この家を守ってくれてたね
 あいつがきて、俺ははじめて帰るということを知った
 帰れる家があるという、ありがたみを知ったんだ

 あいつを得てはじめて俺は、死ぬことを怖いと思った
 俺の手の届かないところであいつが泣くのを思ったら
 死ぬことがこの上なく怖いことに思えた

 あいつがいたから俺は、自分がとても弱いことがわかった
 あんなに頼りないあいつの手にすがらなければ
 本当は立ち上がることもできなかったんだ



 守りたい、とずっと言ってたけど
 嘘だ、本当は俺いつも守られてばかりだった
 優しいあいつに庇われて
 他の怖いもの全てからいつも目を逸らしてた

 あいつがここに来なければ
 俺は知らないことばかりだった
 俺があいつを助けた訳じゃない
 俺はいつもあいつに助けられていたんだ

 あいつがいないのが悲しいよ
 あいつを失ったのが悲しい
 あいつと共に失われた全てのものが恋しい
 あいつが教えてくれたもの全てが恋しくて堪らない

 もしもあいつと出会わなければ
 知らないままのものばかりだった
 もしもあいつと出会わなければ
 あの優しさも恋しさも懐かしさも怖さも甘さも弱さも
 何もかもを知らないまま終わるはずだった



 知らなければきっと、悲しむこともなくてすんだ
 でもそれは、きっともっと悲しいことだ
 一度手に入れたからこそ
 奪い取られたものがこんなに恋しい

 あいつと出会って知ったものは
 全て俺のものだ
 あの優しい瞳も温かい掌も柔らかい髪の匂いも穏やかな声も
 あいつがくれた安らぎも恋しさも愛しさも全ての記憶も
 誰も奪うことのできない俺のものだ

 今この身を貫く焦げ付くほどの悲しみも
 誰にも奪われない俺のものだ
 この感情の一つ残らずが
 あいつの残してくれた俺だけのものだ



 幸せだったその分だけ
 喪失が痛みとなるのなら
 耐え切れないかもしれないけれど
 この痛みを失いたくはない

 あいつが好きだよ、あいつが愛しい
 あいつを愛したその分が
 今この身に刃となって突き刺さるなら
 俺はばらばらになったとしても
 それを避けようとは思わない



 痛みに耐えかねて狂ったとしても
 あいつへの思いがそうさせるなら
 いっそそれは本望だ


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