01 幸せ | モクジ | 03 切ない


 人差し指を顔の前でぴんと張る。
 舌を絡め、指先を湿らせる。

 それを相手の口元に当てる。
 ねっとりとした熱い舌に、絡め取らせる。

 少しでも、その唇を拒む為に。



 跪いて、床に置いた両手の間に額を擦りつける。
 それから徐に顔を上げて、じっと目を瞠る。

 この目は開かれていても、何も映しはしない。
 網膜に映り脳へと伝達された刺激は、像を結ぶことを拒否される。
 それで構わない、例えこの頭を割り壊されたとしても
 この感情を看破できるものはどこにもいない。

 瞼の力を抜く。唇を緩め僅かに開く。
 眉尻を落とし、表情の全てを緩める。
 剥き出しの膝でにじり、相手との間合いを詰める。
 そして床に置いた手を伸ばし、目の前にある足を取る。
 手探りで取った、微かに粘る饐えた臭いのそれを、
 掌で擦り頬に押し当てる。
 押し頂くように額に当てる。
 その皮膚を覆う剛毛が、ごわりと肌を撫でていく。
 それからこの鼻筋に伝わせて唇に押し当てる。
 舌を伸ばし、それを伝わせ、足の指先に当てる。
 唇全体でそれを含み、舌を伸ばして、指の股を探る。
 苦味と酸味が口の中を覆う。けれど気にはならない。
 皮膚から伝わる触覚も、鼻から伝わる嗅覚も、
 舌から伝わる味覚も、全てが脳で斬り捨てられる。

 ふと顔の前から足が除けられる。
 代わりに毛深い指が伸び、この顎をぐいと掴む。

 「――――」

 太い声は聞こえても、その言葉はわからない。
 それでも微笑んで見せれば、それが一番正しい対応となる。
 この胸元に背中に落ちる髪の毛を掻き揚げる指を、
 乳首を求める赤子のように執拗に追い咥え吸う。
 口腔にある太い指が、深く突っ込まれる。
 咽喉奥の柔らかい肉を突かれ、一瞬吐き出しそうになり、
 それを悟られないように舌でなぞるように追う。
 緩く開いたままの歯列を正確に執拗になぞる指を、
 歯ではなく舌で絡め取ってしばらく動きを封じる。

 その間に腕を伸ばして指を曲げる。
 感覚を使わなくてももうわかるようになった場所の、
 相手の器官にそれを当てる。
 全ての哺乳類の半分が必ず具える、
 子孫を繁栄させる為に用いられるはずの性器を、
 この上なく不毛な快楽の為に熱く堅くしている男。
 それに対する解釈は必要ではない。
 この全ての感情は、脳で存在を否定されているのだ。

 相手の耳の穴に這わせていた舌をふと外し、
 掌で扱いていた相手の腰に顔を寄せる。
 咽喉の奥までその器官を呑み込んで、
 蛇のように舌を這わせる。
 唾液で溶かし尽くしそうなほど執拗に追い求め、
 それからふとそれを吐き出し振り仰ぐ。

 細めた目に、感覚を失った頬に、
 腥く苦い液体が迸る。
 微笑んだ唇を押し開けて、
 口元に零れるそれを舐める。

 何も感じない。もう何も感じることはない。

 太い腕で曳かれるがままに身体を裏返し、
 うなじを反らせて相手の肩に頭を凭せ掛ける。
 伸び掛けた襟足に唇を当て、その首筋に舌を這わせ、
 それから耳元を軽く噛む。
 腕を相手のそれに絡め、緩く握られるままにする。
 古代の男妾の二つ名を持つ器官で、
 猛り逸る相手の性器を受ける。
 その感触に合わせて、
 反らせた咽喉から声を洩らす。
 言葉にならないその発音の意味は、多分誰にもわからない。

 この俺以外には絶対に。

 緩く滾る、全ての怒りが
 この身を熱く火照らせる。



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