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幸せ


 一番好きなのはあいつよ
 今もそれは変わらない

 だけど一番信じてるのはあんたよ
 それだけはあんたに信じてほしい



 あいつが好きなのは今も変わらない
 死んでからもう二十年になるけど
 やっぱり揺るがなかったから
 きっとあたしはこれからも
 一生あいつが一番なんだと思う

 でもあいつには手が届かなくて
 結局一度も触れられなかった
 泣きたいくらい寂しいときに
 いつも支えてくれたのはあんただわ

 あんただけは絶対あたしを裏切らない
 他の何を疑ってもあんただけは信じられる



 あいつの目が好きだったの
 いつもどこか遠くを見てるみたいで
 深い翳った目で何かを憂いているみたいだった

 でもいつもあたしの危なっかしい足元を
 ずっと洩らさず見守っていてくれたのは
 あんたのその明るい目だったわね

 その目があったから
 あたしはずっと歩いてこれたの


 あいつの声が好きだったの
 いつも低くて穏やかで物静かで
 優しい歌みたいにずっと聞いていたかった

 でもいつもあたしが人恋しいときに限って
 うるさいくらい話しかけてくれたのは
 あんたのその賑やかな声だったわね

 その声があったから
 あたしは前を向いてこれたの


 あいつの手が好きだったの
 少し筋張った細くて白い長い指をしてて
 一度頭を撫でられたときとても温かかったの

 でもいつもあたしが立ち上がれなくなったとき
 引っ張り上げて抱き上げて無理矢理連れ出してくれたのは
 あんたのその大きな手だったわね

 その手があったから
 あたしは今もここにいられるの



 ――あいつのことが今も好きよ
 一番幸せになってほしかった
 あたし自身よりもずっと大切な人
 あいつを助けられるならどんな犠牲も構わなかった

 あいつの為なら幸せなんていらなかった
 あのときは本気でそう思っていたし
 本当は今も変わらない


 だけど一緒に幸せになりたい人は
 あんた以外にはいないのよ
 あんた以外の誰がいても
 きっとあたしは幸せになれなかった

 あんたがいてくれたおかげで
 あたしは今も幸せなの


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