モドル | ススム | モクジ

第三夜


 白い鳩。
 暗闇。
 白い百合。
 稲光。


 青いショール。
 赤いドレス。
 銀のケープ。
 旧約聖書。
 

 ガブリエル。
 聖母マリア。 
 エル・グレコ。
 ――受胎告知



    第三夜



 その日の昼前、現れたデイビーを見るなり三人は腰を抜かした。ベルは目を見開き、大花は唖然と口を開け、『TWIN』のドアに『CLOSE』の札を下げるところだった小魚に至っては、そのままの姿勢で固まってしまっていた。
 彼は、彼のトレードマークとも言えるハニーブロンドを漆黒に染めて来たのだ。しかも、柔らかいくせ毛にはご丁寧にストレートパーマまであてている。更に、肌の色までがどことなく黄色っぽくなっていて、一瞬誰だかわからないような有様だった。
 「何だ、皆絶句しちゃって。そんなに俺ってかっこいい?」笑いながら首を傾げる姿だけは変わっていなかったが、ひどい違和感があった。
 一番に気を取り直した大花が、身を乗り出しながら言った。「言っちゃ悪いけど、変よ。物凄く」
「そっか? 自分では割といけてるんじゃないかと思うんだけど」デイビーは自分の前髪を、カラー・コンタクトレンズで黒くした目の前に引っ張って来る。そこでようやく小魚は、彼お気に入りの銀縁眼鏡までがどことなく野暮ったいデザインの物に変えられていることに気付いた。
 「レディーは? どう思う?」身を乗り出しながらデイビーは言った。三人の内で最後まで茫然としていた彼女だったが、何とか気を取り直したらしく、不機嫌剥き出しに言った。「似合わない。せっかくのブロンドだったのに」
 意地悪っぽくデイビーは片目を瞑った。「ロニーはフラックスブロンド。同じ金髪でも、俺のとは色が違うよ」「誰よ、ロニーって」
 フラックスブロンド(亜麻色の髪)という言葉に、ベルは若干の反応を見せる。だが、デイビーははぐらかすように両手をひらひらと振って見せた。ますますベルが腹を立てる。
 見兼ねた小魚が口を挟んだ。「ところで、髪は染めたにしても肌の色はどうやって変えた訳? まさかドーランを塗りたくったってんじゃ……」
 ひょうきんめかしてデイビーは言った。「んな無茶な。髪と同じ、染めたんだよ。整形医の話だと、半年くらいはこのままらしいぜ」
 彼は明るく言ったが、それには相当な覚悟がいると言うことくらい双子にも安易に理解出来た。この国で黄色い肌をしているということは、被差別民であるということと同義である。一見では、天然の肌色か染色のものかなど区別が付くはずがない。デイビーはつまり、不当な差別を受けることを十分承知で自分の白い容貌に、被差別民と同じ色を付けたのだ。
 「別に、あんたまで付き合うことないのよ」素気無くベルは言った。「これはあたし達の個人的な挑戦なんだし、物凄く危ない橋だもの、外国人のあんたは特に。デイビーまでその割を食う必要はないのよ」
 そんな、とデイビーは肩をすくめる。「こんな面白そうなことから、俺だけ仲間外れにするのかい? さては、コリアでロニーの美貌を一人占めするつもりだな。それはないよ、レディー」
 「まさか、ロニーって……」ベルは言いよどみながら目を剥いた。けらけらと声を挙げてデイビーは笑う。「そ。『フェイロン』だから『ロニー』」
 かあ、と顔を真っ赤にしながら、ベルはデイビーに掴み掛かった。背中を叩かれてしゃがみ込んだところ、今度は髪の毛を引っ張られる。痛そうに苦笑しながら、デイビーは頭を押さえる。「いてて、痛いよレディー。やめてって」
 見兼ねた双子に取り押さえられて、ベルは肩で息をしながら叫んだ。「悪ふざけは止めて頂戴! やっぱりあんた付いて来ないで、目障りよ!」
 少しだけデイビーは、寂しそうな顔をする。どうしていいかわからず、大花は眉をひそめながら言った。「どうしたの、デイビー。あんた今日はちょっとおかしいわよ」
「そう? いつもと同じハイテンションだよ? ……あ、レディーと一緒に泊り掛けで出掛けるから興奮してるのかも」
 再びベルがデイビーに噛み付こうとする。小魚が後ろから羽交い締めにしていないと、おそらく彼女は飛び掛かっていただろう。
 (最悪のチームワークだ)前途に途方もない不安を抱く双子であった。
 これから、空港に乗り込むところだと言うのに。


 静かな教会の礼拝堂にいるのは、神父の他にはうら若い女唯一人だった。女は神父の前に跪き、組み合わせた手を顔の前に掲げ一心に祈っていた。長い見事な黒髪は下ろされたまま、細い背中を流れ落ちて古い木の床に広がっている。よく整った白い横顔に浮かぶ表情は、ひたすらな無心の祈りだった。所々黒ずんでみすぼらしい服の下、その腹部だけがはちきれそうなほど大きく膨らんでいる――女は、臨月の妊婦だった。
 神父は、古い祝福の言葉を小さな声で囁いていた。歌うような響きが、がらんと静かな礼拝堂の中にこだまする。その為に、彼が教えの本を閉じてもしばらくの間、声の余韻が空気の中に残っていた。
 「顔を上げなさい」神父が言うと女はおずおずと顔を起こし、教えを乞うような眼差しで彼の瞳を見上げた。年老いた神父は静かに微笑み頷く。
 ほっとしたように女は組んだ手を下ろした。そして、たどたどしい口調で言う。「ありがとう、ございました」鈴を振るような涼やかな声だった。
 神父は静かに頷いた。「ところで、あなたの名前は?」
 一瞬女は、ひどく打ちひしがれたような悲しげな表情を浮かべた。そして、片言の言葉を綴る。「なまえ、ありません」
 少し驚いたような表情を神父は浮かべた。「誰も、あなたに名前を与えてくれなかったのですか?」
少し考え込んだ後、女は微かに首を横に振った。「なまえ、もらいました。でも、よぶひといない、なまえ、いみ、ありません」
 そして、色の淡い凛とした瞳を上げた。「わたし、ひとをさがしています。わたしのなまえ、よぶひと」
 「もしかして」優しい声で神父は言った。「それは、この子の父親ですか?」
そして、そっと女の大きな腹部に手を乗せた。その手の下で、何かがぐるりと動く感触がした。やつれてはいるが、幸せそうな顔で女は笑った。「はい」
 その表情をじっと見詰めながら、神父は言った。「――その人は、どこにいるか知っているのですか?」
 女が首を傾げたので、神父はゆっくりと繰り返した。「この子の父親は、どこにいるのか知っていますか?」
ようやく言葉の意味を理解したらしく、女は笑顔で首を縦に振った。「むかえにいく、いいました。いま『ネーヴェン・バーブ』というところ、いるそうです」
 「それは」神父は微かに表情を曇らせたが、女は気付かなかったらしい。「誰が教えてくれたのですか?」
 「みなとにいたひと、おしえてくれました。わたし、みなとで、まっていたの、あのひと」
心底嬉しそうに女は言った。「わたし、むかえにいきます。あいに、いきます」
 哀しげな笑顔で、神父は言った。「会えるといいですね」
 屈託のない笑顔で、女は頷いた。「はい!」


 小汚い陰鬱な雰囲気の漂う機内には、疲れた表情をした数人の東洋人がぽつりぽつりと座っていた。だからこそ、その小さな飛行機に乗り込んで来たこの四人は、これ以上ないほどに周囲から浮いて見えた。全員がどことなく、常ならぬ一種異様な雰囲気を漂わせている為かもしれない。あるいは、彼等が皆一様に煌びやかな若さを湛えていたからかもしれない。
 機内の後ろから数列目の窓際席を、彼等は占領した。席順を決めるのに多少揉めていたが、その四人の中の小柄な少年がきびきびと取り纏め、何とか彼等は狭いシートに着く。結局二人の少女が並んで座り、そのすぐ後ろの席に、身長の高低が極端な二人の男が座った。シートその物は三列に並んでいたので、二人ずつ座ると一番通路寄りの席が一つ空く。本来ならば、四人の中の一人だけが違う列の指定となっていたが、客が少ないのもあり、敢えて彼等は無視したらしかった。
 窓際に座った、黒ずくめの服装をした華奢な少女がおもむろに頭を掻いた。銀色のメッシュが入った黒髪を緩く編み上げてアップにしているが、後れ毛が額からさらさらと落ちた。その隣、大きな赤い花柄のタイトなミニドレスと大振りのアクセサリーで身を固めた少女――どちらかと言えば、女と言う方が近い雰囲気を持っているかもしれない――が細く形のよい眉をひそめる。「ベル、下品よ」
 「放っといて」不機嫌に彼女は答えた。そして、がりがりと音がするほどに激しく額を掻きむしる。「ところでデイビー、ちゃんと要領は得てるんでしょうね?」
 元気よく不自然な黒髪の男は言った。「もっちろん! レディーの言葉は一言一句聞き逃してませんって」
そしてにっこりと笑いながら、前の席の背もたれに手を掛けて、その先を覗き込む。むっつりと押し黙るベルの頭が見えた。「向こうでは、一言も口を利かない、迂闊に立ち歩かない、自分の持ち場を離れない、常に状況の確認を怠らない、以上を必ず守ること、だろ?」
 「もう一つ、追加」ベルは、固いシートに後頭を押し当てた。リクライニングしたらしく、デイビーの前に背もたれが迫って来る。「絶対に、死なないこと」
 カラーコンタクトの黒い瞳を細めながら、デイビーは悪戯っぽく微笑んだ。「さあ、そんなの約束出来ないよ。人間いつ死ぬかわかんないもんだろ?」
「だったら、今ならまだ間に合うわ。降りて」冷たい声でベルは言い放った。デイビーは少し驚いたような表情をする。
 「確約は出来ないけど」念を押しながら、デイビーは少し複雑そうに笑顔を作った。だが、一番その表情を見せるべきベルの視野にその笑顔は入らない。「最善を尽くします、じゃ駄目?」
 ふう、とベルは溜め息を吐いた。「大目に見るわ。――双子は?」
 「あんたにいちいち了解を得なくちゃいけない謂れはないわよ」スリットから覗く脚を大きな仕草で組み替えながら、彼女は自分の短い前髪を弄ぶ。ふと、その頭上に双子の弟が顔を覗かせているのに気付き、彼の顔に掛かる髪の毛も指で摘んで遊んで見る。「そんなの、今更確認を取る必要もないじゃない」
 双子の姉とそっくり同じだが、やや温厚そうな面持ちをした弟は、怪訝そうに微かに目を細めた。「安心して。タイホアが死んだら俺も着いて行くから」
 「そりゃ死ねないわ」からからと声を挙げて大花は笑った。
 それを見て、何となくベルはほっとしたらしい。軽く目を閉じる。
 「到着したら、起こしてね」小さな声でそう言うと、程なく小さな寝息を立て始めた。
 だから彼女は、その顔を見詰めるデイビーの笑顔を知らない。心底幸せそうな、その笑顔をまだ知らない。


 「劉公主、どこ行ってたんだ?」
 名前を呼ばれて、彼は白い首を廻らせた。軽い銀色の髪の毛が揺れる。病棟受付の窓から、同僚の金の見慣れた眼鏡が覗いていた。
 ふわりと劉は微笑む。「ちょっと、裏の研究所に顔を見せて来たんですよ」
 「五時過ぎたら研究所閉まってるだろ」「学会が近いらしくて、徹夜の人も多いんです。ここのところずーっと顔を見せろって、催促を受けていましたし」
 怪訝な顔をする金に向かって、劉は色白の顔を軽く傾げて見せた。しばらくまじまじとその顔を眺めていた金だったが、どうやら言葉を信じたらしく軽い溜め息を吐いた。「お姫様はどこに行っても引っ張りだこだな。今度研究所の連中に言っておくよ、劉公主は病院のもんだ、仕事に支障をきたすほど貸し出しっぱなしには出来ん、ってな」
 「あ、すみません」すらりとした長身を折って、劉はぺこりと頭を下げる。緩く束ねて胸の前に流した銀髪が、薄ら明るい外の光を受けて、柔らかい光沢を放った。受付の窓口に頬杖を付きながら、金は嬉しそうに笑う。「いや、今日は別に何もなかったからいいよ。ただ、看護婦やらがうるさいんだ。劉公主はどうした、さらわれたんじゃないか、ってな。心配の余り仕事が手に付かない奴までいて、そっちの方が支障をきたしてさ」
 そして、ひらひらと顔の前で手招きして見せた。きょとん、としながら寄って行った劉は、突然金にぐっと腕を掴まれた。一瞬自分の腕に目を注ぎ、その直後に長い睫毛を押し上げて、淡い碧眼で相手の顔をじっと見詰める。
 しばらく暗い病院の廊下で対峙していた二人だったが、じきに金が目を反らしながら手を離した。やれやれといった調子の言葉に、溜め息が混じる。「誰も劉公主をさらえるはずなかろうが。そんな目で睨まれて、平気でいられる奴がどこにいるってんだ」
 「睨んでなんかいませんよ」にっこりと微笑みながら劉は言った。「どうかしたのかな、と思っただけです。ね」
 眼鏡の中央を押し上げながら、金は小さく笑った。「そっか、悪かったな。で、腕は痛くないか? 俺、握力には自信があるんだが」
「大丈夫ですよ。そういうのは慣れてますから」平然と劉は笑顔のままで言った。そして、ふと思い出したように尋ねる。「ところで、そんなところで何やってるんですか?」
 「昨夜完徹でさ。ここって仮眠室より落ち付けるんだ」受付の小さなカウンターに顔を乗せながら、金は二、三度ゆっくりと瞬いた。そして顎が外れそうなほど大きな欠伸をする。
 それをおかしそうに眺めて、劉はくすっと小さな声で笑った。「後は、僕が代わります。どうぞ、ごゆっくりして下さい」
 寝惚けた顔で、金は頷いた。「ああ悪いな、頼むよ。十時過ぎに起こしてくれたら、なお嬉しいな」そして、劉に向かって何か投げる。
 片手でぱしっと受け取って、劉は軽く頷いた。「それじゃ、おやすみなさい」
受付の窓に張られた小さなカーテンの隙間から、ひらひらと振れる掌が見えた。
 握った指を開いて、劉はその中身に青い目を注ぐ。それはプラスチック製の、光沢のある小さな名札だった。
 『劉 飛竜』という印刷文字が、漢字とハングルとで書かれていた。


 「なあ、サーディン。もうシートベルトは外していいんだぞ」
デイビーに言われて、ようやく小魚は俯いていた顔を上げた。心なしかその顔が、青褪めているように見える。「え……あ、ああ」
 いそいそと金具を外そうとする手が滑り、何度かやり直してようやく彼はシートベルトを外した。少し呆れたように、デイビーは言った。「お前って変わってるな。普通、こんな窮屈なもん一刻も早く外したいんじゃないか?」
 と、ふと小魚のベルトの金具が少し曇っているのに気付く。それが、掌にかいた汗によるものだと理解するまで、さほど時間は掛からなかった。「ははあ、さてはお前、離陸が怖かっ……」
 「うるさい」小さな声で、小魚は不機嫌に言った。何度か小さく頷きながら、デイビーは納得する。
 デイビーは小魚がそっぽを向くのを笑いながら目で追い、彼の頭越しの通路に大花が立っているのにも気が付いた。小魚は、それよりも大分早く気付いていたらしい。「どうしたの、タイホア」
 不機嫌そうに彼女は顔をしかめていた。「ベルってば爆睡してて、つねっても叩いても起きやしないの。つまらないから、こっち来てもいい?」
 ほっとしたような表情をしながら、小魚は隣の空席に乗せていた手荷物を自分の膝に移動させた。「乗務員さんに注意されたら、すぐに戻るんだよ」
 特に頷くでもなく、大花はぼすん、と狭いシートに腰を下ろす。大きな仕草で足を組むのは、どうやら彼女の癖らしい。「ったく、飛行機ってどうしてこんなに狭っ苦しいのかしら。足が痺れるじゃない」
 「ファーストクラスだと、こんなことないよ。エコノミーだからじゃない?」無邪気にデイビーは言った。ふん、と大花は腕まで組むと、空いている方の片手で耳元の大きめのピアスを手持ち無沙汰に弄り始めた。「「いやぁねえ、金持ちって。だったら、ファーストクラスを取ってくれたらよかったじゃない」
 「文句なら、レディー・ベルによろしく」デイビーは軽く声を挙げて笑った。
 怪訝な顔をする双子に向かって、彼は指を立てた。「行きのチケット三人分、帰りのチケット四人分は、レディーが買ったんだよ。俺はダフ屋まで案内しただけなんだ」
 小魚が感心したような声を出す。「へえ、あの吝嗇なベルが」
 ふと、首を傾げながら大花が尋ねた。「ねえ、行きと帰りとで人数が違うのはどういうこと? 一人増えてない?」
 片目を軽く閉じながら、デイビーは軽く肩をすくめる。「さあ。帰りは一人増えてるって計算なんだろ」「わかってるわよ、そんなこと。一体誰が……」興奮がちに言い掛けて、はたと大花は気付いたらしかった。「……あ、フェイロン」
 さあ、とデイビーは再び肩をすくめた。その隣で小魚が、あれ、という顔をする。「ねえ、それだと一人足りないよ。行きは俺達にベルにデイビーで……」
 デイビーは、肩の辺りで掌を押し上げる仕草をして見せた。「俺、自腹なんだ」
 一瞬きょとん、とした双子は同時にくすくすと笑い出した。投げ遣りの表情で、デイビーは目を閉じる。
 その瞬間、気流が乱れたらしく僅かに機体が揺れた。おや、とデイビーが目を開けたとき、小魚は蒼白な顔をして双子の姉にしがみ付いていた。「あらら」小さな声で呟いた大花の声も彼の耳には届いていないようで、デイビーは込み上げて来る笑いを必死に堪えた。
 一人で前座席に残っているベルは、さっぱり気付かない様子で寝息を立てているままだった。


 ここは、まだ陽の目を見る時間まで程遠かった。
 彼は、余りに寝苦しいのでのろのろとその身を起こした。嫌な夢を見た。ひどく嫌な夢で、頬に手をやると、まだぐっしょりと濡れた感触が残っている。
 (いつもの夢だ)心の中で、彼は自分をなだめる。(落ち付け、これも夢だ)
 長い長い夢で、夢だとわかっていてもいつしか溺れ込んでしまう。既に始まったときには結末が見えているのに、抗うことも出来ない甘美な悪夢――。
 夢は、いつも彼が十二歳のときから始まる。路地裏で彼は、一人の歌を唄う女と出会うのだ。まだ娘と呼べる歳の少女なのだが、彼の目には母のように――ほとんど記憶に残っていない、若くして死んだ母のように――映った。どうしても離れたくなくて、どこかへ去ろうとする彼女を引き止めた。名前がないと言う彼女に、名前を付けた。子供扱いされるのが嫌で、精一杯背伸びした。それでも、離れていると不安で堪らず、昼も夜もいつも傍にいた。
 これは夢だから、いつか必ず覚めるとわかっているのに、彼女の傍にいると幸せだった。目が覚めたとき、腕の中に彼女はいないと知っているのに、抱き締めていると幸せだった。夢の終わりは、刻一刻と近付いていると感じているのに、彼女は変わらず優しかった。
 夢の終わりは、いつも一人ぼっちで迎える。泣きながらしがみ付く彼女を引き剥がし、船に乗せた。「逃げろ」と言うと、彼女は枯れた声で「あなたも」と言う。彼はそれが叶わないことであるとわかっていたし、多分彼女もそうだったが、それでも離れるのは辛かった。だから、彼は言った。
 「迎えに行くから」泣きそうだったけれど、堪えた。多分、涙は見せずに済んだと思う。「必ず、迎えに行くから」
 涙でぐしょぐしょの顔で、彼女はぱっと微笑んだ。物凄く辛かったけれど、彼も微笑んで見せた。何度も頷いて見せると、ようやく彼女は安心したらしい。
 彼女は船に乗り込み、彼は港で見送った。懸命に手を振ると、彼女も甲板から身を乗り出して何か叫んでくれた。落ちそうなほど身を乗り出すので、思わず彼は腕を伸ばした。届かないと知っていても、精一杯腕を伸ばした。
 船影が水平線の彼方に消えた後も、ずっと彼は港にいた。ずっと、声を殺して泣いた。情けないなあ、と思ったけれど、自尊心は涙を止めてはくれなかった。
 自分の肩に爪が食い込むほどきつく抱いて、彼は泣いた。出会ったときから、こうなることはわかっていた。生きながら引き離されるか、彼が殺されて死に別れるか。いずれにしても、そう遠くない内に二人は別れざるを得ない運命だった。
 「全部、夢だ」血が滲むほど唇を噛んで、彼は小さく呟いた。今、自分は夢の続きにいるのか、それとも現実に戻ったのかよくわからない。どこまでが夢で、どこからが現実なのかがよくわからない。これは全て夢なのかもしれない。あるいは、全て現実なのかもしれない。だから、敢えて彼は呟いた。「全部、夢だ」
 「どうしたの」ベッドの方からきんきんと響く女の声が聞こえて来た。はっと我に帰って彼は振り返る。ベッドライトの薄明かりに照らされたその表情は、既にいつもの張り付いたような笑顔だった。「すみません、ちょっと夢見が悪くて」
 薄絹の天蓋越しに、のそのそと人影が動いた。「あたしじゃ、いい夢が見られないって言うの?」中年の女は、不機嫌そうに言った。
 くすっと彼は口許に手をやる。「そうですね」
 何か声を挙げかけた女の言葉を、彼はさっと遮った。「夫人ってば、綺麗過ぎるんです。だから……」
 天蓋をそっと押し開けて、彼はその内側に滑り込んだ。「……夫人を寝取っただなんて総統陛下に知れたら、殺されてしまいそうで」
 ようやく女――総統夫人は機嫌を直したようだった。「大丈夫よ。あなたはあの男のお気に入りじゃない。いざとなったら、わたしがあなたを隠してあげる」言葉の最 後の辺りは、本人も意図していないのだろうがどこか嫌味だった。
 「嬉しい」淡い亜麻色の髪の毛を掻き揚げながら、彼は言った。白い指の滑らかな指運びを眺めながら、満足げに総統夫人は言った。「あなたの為に、わたしに何か出来ることはない?」
 にっこりと首を傾げながら、彼は涼しげな声で言う。「また、会いに来てくれる? 夫人が来てくれたら、それだけで嬉しい」「本当に可愛い子だこと」総統夫人は、彼女よりも遥かに華奢な少年の身体に絡み付いた。
 彼の微笑みの本当の意味に、彼女は気付いていなかった。


 夢って嫌いなのよ。夢ってさ、現実逃避の一種だと思うの。
 特に嫌いな夢? ……人が死ぬ夢かしら。自分で手を下すのも嫌だけど、それ以上に、助けたい人が目の前で死ぬのを指を咥えて見てなくっちゃいけないって方が、あたしは嫌い。あたし、自分の手を汚すのは割と頓着しないけど、自分の意思と関係なく人が死ぬのは我慢できないみたいなのよ。何でだろ。
 あ、でももっと嫌いなのがあるわ。――気が付いたらあたしは布団の中にいて、目を開けると白い天井とミントグリーンのカーテンがあるの。シーツはこの間新調してもらったばかりでぱりぱりなのに、パジャマは寝汗をかいてぐっしょり濡れてるのよ。悪い夢を見たんだな、と思ってベッドから降りたら、脱ぎっぱなしのスリッパにに足を取られて転び掛けて。慌ててそれを突っ掛けて部屋から出ると、隣の部屋のドアががちゃって開くの。妹が飛び出して来て、馬鹿みたいに明るい声で「寝惚けたの?」とか言って、顔だけ出してる弟は何か鼻歌歌ってるの。階段を一階に降りたら、母さんが「まったく、休みだといつまでも寝てるんだから」って小言を言って、ぽろぽろこぼしながらご飯食べてる祖母さんがなだめようとして、かえって状況を悪化させてくれたりするの。その後ろで何か本読んでた父さんが、母さんと祖母さんを無視しながら「おはよう」って笑ってくれて、ようやくこれは現実なんだ、って思えるようになるの。
 今日は父さんもお休みだから、どこかにドライブに行こうってことになるの。大急ぎでお気に入りの白いワンピースに着替えて、洗面台で顔洗ったり髪梳かしたりして、身支度出来たときには皆準備万端でね。ところが、決まって全員靴履いたところで祖母さんが忘れ物を取りに戻っちゃうの。あたし、車に乗って待ってたんだけど段々眠くなっちゃって。寝ちゃ駄目、って思うんだけど、寝ててもまあ、どこかに着いたら母さんが起こしてくれるって思ってやっぱり寝ちゃうのよ。
 ――それで気が付いたら、あたしは一人ぼっちなの。
 まだ、悪夢の方がいいわ。目が覚めたときにほっと出来るじゃない、夢でよかったって。今までの幸せが、全部夢だったってのは本当に辛いよ。あのね、どれくらい辛いかって、こんな思いするくらいなら幸せなんて知るんじゃなかったって思えるくらいに。
 『あの国』に暮らしたことのある人間は、一部の特権階級を除いたら、大なり小なりそんな思いを抱えてる。皆、辛い夢を見てるんだけど、もしかしたらその夢が現実になるんじゃないかって信じてるんじゃないかしら。ただ、ちょっと怖くて足が踏み出せないだけで。だから、あたしが先頭を切ってみようと思うの。誰かが動き出したら、きっと皆付いて来てくれると思う。そう信じてなかったら、こんな無謀な真似出来る訳ないじゃない。
 ねえ、ところで一ついい? ……あんたって一体何者? 誘導されたみたいに、随分あたしべらべら喋っちゃったけど、よかったのかしら。まあ、あんたに訊いて正しい答えがもらえるとも思えないけど、敵か味方か教えてもらえるとちょっと嬉しいな、なんて。
 ねえ、無視しないでよ。あたしそういうの苦手なのよ。何か言ってよ、ねえ、何か返事してよ、ねえってば。


 ベルが目を開けると、大花の顔が睫毛も当たりそうなほどに近くにあった。思わず二人揃って面食らう。
 「ど、どうしたのよ! 気持ち悪いじゃない!」咄嗟にベルは裏返った声を挙げる。
 「何よ、起こしてあげただけじゃない!」大花は不満そうに言った。そして自分の席に座り直すと、シートベルトをかちりと締めた。「もうじき着陸よ。ったく、ほんっとに一度も目を覚まさないんだから。爆睡よ、爆睡」
 何度か瞬いた後、ようやくベルは状況を飲み込んだらしかった。「ああ、夢だったのね、……よかった」
 ちらりと大花は顔を向けた。「どうしたの、悪い夢でも見た? その割にはうなされてなかったみたいだけど」
 「別にそういう訳じゃないけど」ベルはシートベルトを締めようとして、自分がずっと外さなかったことに気付いた。
 くすっと笑いながら、大花が言った。「デイビーに追っ掛けられる夢見たとか」
 「ああ、それは悪夢だわ」ようやくベルも笑って見せた。
 背もたれの隙間から、間延びしたような声が響いて来た。「お、どうしたんだろう。俺の悪口が聞こえて来た気がするぞお」
 何となく笑顔を浮かべながら、ベルはふと面白いことを思い付いたらしい。「確かこの飛行機って、済州(チェジュ)島に着くのよね?」大花は軽く頷いた。「何、そんなことも覚えてなかった訳? まずは済州に着いて、それから平壌へ上って、青屋根御殿へ行くんじゃない。フェイロンのいる建物が青屋根御殿だって言ったの、あんたじゃなかったっけ」
 ベルは銀色のメッシュの根元を、いつものようにがりがりと引っ掻いた。確かに、あの写真にあった中華風の窓や、総統自身が写っていたことなどから判断すると、あの写真に写っていた建物が青屋根御殿こと国家主席である総統の官邸であると考えてまず間違いはないだろう。写真の飛竜のあまりにしどけない姿から考えると、不謹慎ではあるが、そこに居住しているという可能性は高い。――全て、憶測の域を出ないのだが。
 「ねえ、済州から平壌(ピョンヤン)までの交通費さ、浮かしたいと思わない?」不敵に笑いながら、ベルは大花に言った。必然的に、デイビーにも聞こえたらしい。「いいよ、交通費なら俺が出すから、無茶は止めてくれ」
 きょとん、と意味がわからない様子の大花の目前で、ふとベルは編み上げた髪の毛からピンを引き抜いた。腰の下まで届く長い黒髪が、軽い音を立てて緩く波打ちながら解けていく。
 その毛先に一度目を落とした大花は、視線を再びベルの顔に戻す。「ねえ、何考えてる訳? まさかと思うけど……」
 にっ、と歯を見せて、ベルはシートベルトの金具を外した。すっくと彼女が立ち上がると、慌ててぼんやりと突っ立っていただけのグランドホステスが駆け寄って来る。ベルがひらりと掌を翻した瞬間、何かが鋭く光るのがデイビーの席からも見えた。
 「お客様、危険ですので……」化粧の厚い、見た目以上に老けていそうな女の眼球擦れ擦れに、ベルは長いスティックピンの尖った方を突き付ける。ひいっ、と制服姿の女は後退るが、ベルもまた彼女の動きに合わせてにじり寄った。「さて、操縦席まで案内してもらいましょうか」
 「やっちゃった」自嘲気味に呟きながらデイビーが隣を見ると、一層蒼白な顔をした小魚が顔を強張らせていた。少しデイビーは彼を不憫に思う。
 一方の大花はようやく状況を納得したらしく、自分も軽やかに立ち上がった。髪を掻き揚げるように腕を項に回すと、素早くそれを横様に引き抜く。細いチェーンが鈍い唸りを上げ、ペンダントトップがチェーンの端の留具に引っ掛かって鎖鎌のように辺りを弾く。ピアスとトップがぶつかり合って、鋭く澄んだ音が響いた。
 「あたしからも、お・ね・が・い」目を細めて微笑む大花の表情が、寒々しいほど色っぽかった。
 ふと思い出して、デイビーはシャツの胸ポケットを探った。飛行機の中に公然と持ち込める『武器』を、確か持って来たはずだ。
 ――あった。
 陽気な調子でデイビーは呼び掛けた。「へい、レディー・ベル」
 振り向く彼女に向かって、彼はぽん、とそれを投げる。
 受け取り損ねて手の中で跳ねる物を、何とかベルは掴むことが出来た。そして、既にそのときにはそれが何だか見当を付けていた。
 「ありがと」アーミーナイフから刃を引き出しながら、ベルは笑顔で言った。


 「は? 犯人の要求は釜山(プサン)行きじゃなかったのか?」国家航空当局責任者の崔は、航空機NK9762便からの通信を受け取るや否や、鶏が首を捻られたような声を出した。隣で何やらキーボードを叩いている通信担当者が、インカムの片方を耳に押し当てたまま言う。「いえ、それが突然仁川(インチョン)へ飛べと言い出したらしく……」
 苛立ちながら崔は机の角をこつこつと叩く。「何を考えているんだ。ところで、航空機の現在地はどこなんだ」
 「既に太田(デチョン)上空に差し掛かったようです」ディスプレイ画面に小さなウインドウを出して、別の担当者がはきはきと言った。更に崔が顔をしかめる。「だったらどうしてそれを早く言わん! 太田上空にいるんだったら、釜山に泊まるはずがないだろうが!」
 地理的に言えば、半島の南に済州という島があり、半島の南端に釜山、その北西150キロメートルの地点に太田はある。北上している飛行機が釜山に到着する予定ならば、大田上空を飛行中という可能性は物理的に有り得ないのだ。
 「局長、畏れながら申し上げます」歯切れのよい調子で、位置確認担当者が言った。「指示がございませんでした。指示なしに行動を起こすのは、処罰の対象と決められています」
 「臨機応変という言葉を知らんのか」崔は白髪混じりの頭を抱えた。別に、処罰の対象枠を制定したのは彼ではない。彼はただ、上部からの指示に従ったのみである。ハイジャック事件が起こっているのも彼に落ち度あってではないし、第一裏で運行されていた航空機が事件に巻き込まれたからと言って、本来ならば彼が休日返上で苦労する義理もない。裏航空機は、定義では国家航空当局とは一切関係のないものなのだから。
 だが今回は、本来表舞台と接点がないはずの裏航空機が主要空港を利用しようとしている為に、話がややこしくなってしまった。ハイジャック犯を捕える為の指示や、航空機の離着陸への調整を、当局が――しいては責任者の崔が全て担当しなければならないのだ。個人には、あまりに負担が大き過ぎる。
 (どうしてお上は仕事を分業にして下さらなかったのだ)崔は言い掛けた言葉を飲み込んだ。下手に不用意な発言をすると、この処刑対象にされ兼ねない。(自分達が特権を独占したいだけではないのか)
 いっそ、各自で自主的に判断して行動しろ、という指示を出したくなったが、その無意味さを悟り、諦めた。どうせ他人に命じられることに甘んじている部下どもだ、自主的な判断、という意味すら理解出来ないだろう。
 苦し紛れの言葉が、乾いた唇からこぼれた。「どうしてわたしがこんな目に会わにゃならん」
 ――本来ならば、今日は一人娘の結婚式なのだ。式で何を言おうか、どんな顔をしようか悩んだ末、眠ったのは明け方近く。寝入り端を電話で叩き起こされ、駆け付けてみるとこの騒ぎだった。
 何かこれ以上の不手際があると、処罰を受けるのは崔だった。定年までもう後数年、今までずっと国の為に真面目に働いて来たのに。
 「少し休ませてくれ」言い捨てるように言葉を放つと、崔はかちゃかちゃとキーボードを打っている部下を尻目に休憩所へと向かった。
 部屋を出てしばらく廊下を歩き、扉も壁もない部屋のような空間に入る。固いダークブラウンの椅子と背の低いテーブルが並んでおり、ジュースやコーヒーの自販機がぽつんと三台並んでいた。懐から小さな硬貨を取り出してコイン投入口に落とし、砂糖なしのブラックコーヒーのボタンを押した。軽い音を立てて紙コップが取り出し口に落ち、その中に黒い液体が一筋に注がれる。「ピー」という音がするのを待って、崔はそれを取り出した。
 コーヒーに一口付けて、彼は背もたれもない椅子に腰を下ろした。片方の手で目頭を抑える。さすがに、眠かった。知らずに溜め息が漏れる。
 もう一口コーヒーを飲み込んだが、まだ眠気は去ってくれなかった。両掌で紙コップを支えたまま、崔はうとうととし掛かった。
 だが、その眠りも程なくして覚まされた。廊下にばたばたという足音が響き、はっと崔は顔を起こした。まだ半分ほど残っているコーヒーをこぼしそうになる。
 「局長、また犯人の要求が変わりました!」息を切らせているのは、通信担当の一人だった。ぼんやりとする頭を数回振って、崔は言った。「今度はどこだ。ソウルか? それとも平壌か?」
 「いえ!」苦しそうに膝に手を押し当てながら、担当者は短く答えた。「撫順(フーシュン)だそうです!」
 思わず崔は耳を疑った。「は、撫順? そりゃ国外だろう」
 「でも、犯人はそう宣言したそうです」心なしか、担当の青年の声は明るくなっていた。「中華連邦航空当局に連絡を入れておけば、これで一先ず落着です。事後処理はどうせ何とかなります。よかったですね、局長」
 ほう、と崔は安堵の溜め息を吐いた。「そうか、後は中華に任せておけばいいのか」ふと手元を見ると、コーヒーが入ったままの紙コップは既に握り潰されていた。シャツとズボンに褐色の染みが付いている。
 担当者はハンカチを取り出しながら言った。「これで、お嬢さんの結婚式に間に合いますね!」自販機の横に据えられた壁時計を見上げると、まだ七時前。
 「いや、だが……」ハンカチを受け取りながら、崔は言葉を濁す。青年は悪戯っぽく微笑んだ。「どうせ裏航空機です。適当にあしらっても特に問題はありませんよ。いざとなったら、局長をお呼び立てするかもしれませんが」
 困ったような笑顔を浮かべながら、崔は言った。「そうか? ……それじゃ、悪いが後を任せてもよいかね」
 青年は、子供じみた仕草で頷いた。「はい」


 コックピットの隅で、二人の少女がぼそぼそと話し合っていた。客席乗務員やパイロット達の気の毒なほどの慌てぶりとは対照的に、彼女達は至って冷静であり、また乗客そのものが少ない為に幸いパニックも起こってはいなかった。
 「ねえ、どうして撫順なんて指示を出した訳?」大花は、ペンダントのチェーンを絡めた指をくるくると振り回しながら言った。尖った金具があわよくば誰かを切り裂こうと、空気の中で小さな唸りを上げている。「平壌へ直に着けるんじゃなかったの? 撫順だったらかえって遠回りじゃない」
 ベルは小さなナイフを握ったまま腕を組んでいた。どことなく愉快そうな表情をしているのは大花の目にも明らかなのに、彼女はその質問に答えようとしない。そして、大花を無視したままよく通る声で副パイロットの男に尋ねた。「現在位置は?」
 「平壌市街上空まで、五分のところです」震える声で中年に差し掛かる年頃の男は答えた。ふうん、とベルは目を細める。「空港までもう間もなく、ってところね」
 「ちょっと、ちゃんと答えなさいよ」大花に頭を抑え付けられて、ようやくベルは彼女を見上げた。どうやら大花の方はと言えば、相当に機嫌を損ねているらしい。さっきから無視され通しだったので、当然と言えば当然か。
 ベルは、押し殺した低い声で言った。「幾ら朝っぱらとは言っても、ハイジャック機がいきなり国の中心空港に乗り付けようってしてるのよ。普通に考えたら、犯人は速攻で銃殺じゃない」
 「当たり前じゃない」自分の身にも関わらず、平然と大花は言った。
 ベルはにんまりと笑って見せる。「巷の噂によると、とろーいことで有名な全韓共和国国家航空当局はハイジャック機が緊急着陸を宣言してから空港での受入準備が完了するまで、二十分以上掛かるらしいのよ。平壌空港は市の中央から外れてるから国家警察はなかなか来ないし、空港警備隊も指示がないと動けない。今まで散々撹乱したから、多分当局はいい加減だれてる頃だし、それで予定のない空港に舞い降りて来られても隙だらけって寸法よ」
 「あんたって、ほんっと無駄に頭いいわよね」大花は肩をすくめて見せた。「でも、かなり国を舐め切ってない?」
 操縦席のレーダーを遠目に覗きながら、ベルはくすんだ調子で言った。「やっぱり、舐めたらキムチ味かしら」
 「海老の塩辛入れてよ。キムチだったらやっぱ、辛さの中に適度な甘味が入ってないと」二人で声を合わせてくすくすと笑った後、大花は再びコックピット入口を固めた。ベルはナイフをかざしながらパイロットに新しい指示を出す。
 「と言う訳で、やっぱり予定変更。平壌に降りて頂戴」


 『当機は間もなく、平壌国際空港に到着致します。席に着いて、安全ベルトを締めて下さい。この度は、第二NKAをご利用下さり、誠にありがとうございました』流暢なハングルと英語で流れたアナウンスは、紛れもなくベルのものだった。幾度か彼女の声で放送は流れたが、そのいずれも乗客に対し謝罪の姿勢を見せるものであったり、現状報告のようなものだった。機内放送さながら、というのはこれが初めてである。
 「さっすがレディー・ベル、悦に入ってる」感心したようにデイビーは言った。そして隣の小魚に目をやる。「なあ、そう……思うゆとりもないってか」
 小魚は、既に完全に血の気を失って、蒼白どころか土気色の顔をしていた。膝の上に乗せられた手は固く握られており、寒いほどに冷房の効いた機内にも関わらず、項にはびっしりと玉の汗が付いている。
 笑いそうになるのを必死に堪えながら、デイビーは言った。「本当に怖いんだな、姉ちゃんは全然平気なのに。やっぱ、双子とは言っても、完全に一心同体って訳にはいかないか」
 色を失っている分余計に鋭い目付きで、小魚はデイビーを睨んだ。感心したようにデイビーは彼を見返す。「おお、怖い」
 「茶化すな」呟くように小魚は言った。「俺とタイホアは、一人ずつの人間だ。ちょっと距離が近いだけの普通の姉弟なんだから、何もかも同じはずがない」
 少しだけ表情を改めて、デイビーは頷いた。「理屈としてはわかる。でもさ、顔やら髪型やら、身長までそっくり同じじゃないか。ついつい双子の神秘って奴を、想像しちまうんだよな」
 「だったら残念だね。本当に俺達はごくごく普通の姉弟だ。……ただ、ちょっとだけ他よりも共有している時間が長いだけ」引き攣る顔を微かに笑みに歪めながら、小魚はぼそぼそと声を出した。何となく頷きながらデイビーは聞く。「もしかしたら、二人の間で共通するものは多いかもしれないけど、でもそれも多分時間によるものだ。家でも学校でも亡命先でも、いつも一緒にいた結果だ」
 「よくわからないけど」初めに念を押して、デイビーは静かに言った。「要するに、お互いいつも一緒にいるのが普通だ、ってんだな。それはそれで、凄いことだと思うよ。いや、別に茶化す意味ではなくってさ」
 小魚は微笑みながら言った。「……でも、タイホアが多分一番俺に近い人間ってのも事実だよ。俺はタイホアに一番近い人間だと思ってるし」
 「あーあ、あてられちまった」明るく笑いながら、デイビーは腕を伸ばした。「着陸したら、ちょっとした戦場だろうな。出来れば今の内に身体を慣らしておいた方がいいぞ。俺達革命軍は、圧倒的に物資兵力が不足しているんだ。まずは敵前逃亡ってな」
 「幸先が悪いよ」やっとの思いで苦笑を表情に滲ませながら、小魚も言った。


 「へえ、ハイジャックですか」冷蔵庫から烏龍茶の瓶を出しながら、劉はおっとりと言った。差し出されたコップを受け取りながら、金は言う。「ほとんど他人事だな、劉公主。一応トップシークレットなんだぞ」
 自分の名前ラベル付きのコップに烏龍茶を注ぎ、それを片手に劉はデスクへと戻る。「どうして金さんはそんなことご存知なんですか? まだニュースには出ていませんよね」何度か淡い碧眼を瞬かせながら、彼は尋ねた。
 得意げに金は親指を立てて見せる。「実は今日、俺の学生時代の友人が結婚式のはずだったんだ。で、俺も呼ばれてたんだけど、ついさっきそいつから連絡があってな。何でも花嫁の親父さんが航空当局のお偉いさんなんだそうだが、ハイジャックの対応で呼び出されて、式が延期になりそうだって言ってたんだ」
 「朝早くから精が出ますね」劉はにっこりと微笑みながら言った。金はコップの中に入った氷を噛み砕く。「別に親父さんも、好きで仕事に追われてる訳じゃないだろうよ」「いえ」
 怪訝そうに金は隣のデスクの劉を覗き込んだ。男のくせに「公主(姫)」と渾名される彼は、相変わらずの穏やかな笑顔を崩さない。「犯人の方ですよ。この時間だとしたら、確実に始発でしょう?」
 金は僅かに眉を歪めた。「いやあ、それが国際線らしいんだ。あいつも話を濁してたが、どうも今回のって裏航空で起こったらしい。気の毒なこった」
 ふうん、と劉は白い喉を反らせてコップの中の茶を飲み干した。「大胆な人ですね。会ってみたいな」
 コップをことんと置いて、彼は頬杖を突く。
 苦笑混じりに金が言った。「おいおい、相手は罪人だぞ」「どんな人かは、会って見ないとわからないと思いますよ。何の為にこんなことしてるのかも、興味がありますし」
 「好奇心旺盛なやっちゃ」劉のさらさらとした線の細い銀髪を指に流して遊びながら、金は笑った。「劉公主、危険な真似はおやめ下さい。さもないと、御身に万一のことがありましたら……」そして、声を挙げて彼は笑った。劉はきょとん、と首を傾げる。「老若男女所属問わず、関係者全員がショックから立ち直れなくなりまする。この人気者が」
 くすくす、と劉も釣られて笑い出した。「すっかり『劉公主』って定着させちゃいましたよね、金さん。この間、僕、新入りの子に本当に女性と間違われたんですよ。公主って呼ばれてるから、てっきりそうだろうって」「そりゃあ、俺じゃなくってお前が悪い。何だ何だ、この綺麗な銀髪は。この綺麗な白皙は。も一つおまけに、この綺麗な碧眼は。お前、本当に韓民族なのか疑わしくなるぞ」
 「だからそれは」ほっそりとした眉根を寄せて、劉は言った。「何度も言ったじゃないですか、アルビノだって」
 髪の毛の房を引っ張りながら、金は負けじとからかう。「アフリカツメガエルのアルビノは、確か目が赤かったはずだがなあ」
 「モンゴロイドだから、碧眼になることも多いんですってば」劉は困ったような、少し怒ったような表情をした。それを見て金は悪戯っぽく笑う。「本当に可愛いなあ。そんなにムキになるなって。冗談だよ、冗談。カエルと公主を一緒にしたら、病院中の連中に逆さ吊るしにされちまう」
 不機嫌そうにふくれ面をする劉を微笑ましげに眺めながら、金はコップの底に残った僅かな烏龍茶を飲み干した。横目でそれを見ながら、劉は小さな溜め息を吐く。
 「本当に、どんな人なんだろう」彼は、氷のような碧眼を細めながら呟いた。


 「タラップが付いた瞬間が勝負よ。わかってるわよね、シャオユウ」ベルは、着陸体勢の飛行機の中で、揺れをもろともせずに佇んでいた。ずっと臨戦態勢で身構えていた大花はさすがに、今だけ壁に掴まって休んでいる。代わりに、今度はデイビーが生き生きとし始めて来た。「お、腰が抜けたか?」
 小魚は、見て取れるほどにがたがたと震えながら、がらんとした席にしがみ付いていた。何か言いたそうにしているのだが、言葉を発することが出来ないらしい。デイビーが愉快そうにそれを眺めている。「何なら、降りるときに負ぶさってやろうか。……って、洒落にならないみたいだな」
 と、その瞬間全身が持ち上げられるような揺れが起こった。危うくよろめいたベルの腰を、デイビーがさっと支える。
 「着陸成功」誰にとはなく、デイビーはベルを抱える反対側の手でブイサインを作って見せた。
 体勢を立て直し、デイビーの腕をさっと振り払うとベルは言った。「はい、今から口を利かないこと。下手に英語喋ると、怪しまれるわ」
 答える代わりにデイビーは、親指を立てて片目をつぶって見せた。その仕草がひどくアメリカじみていたので、何となくベルは一抹の不安を覚える。
 ふと、デイビーが背後を気にしているのに気付いた。目をやると、疲れ果てたような表情をした乗客達がぼんやりとベルの方を見詰めている。誰も危害を加えてくる気配はない。むしろ、危害を加える気力もないといった風情。
 大花とベル、ほとんど異口同音で叫んでいた。「皆さんごめんね、こんなことに巻き込んじゃって! あたし達、これからこの国をぶっ潰してくるんで、文句だったらその後にお願い!」ハングルで叫んでいるのでデイビーには意味がわからなかったが、何となく見当が付いた。
 (こんな可愛い女の子を、誰が責められるかって)くすっとデイビーは微笑んだ。
 と、そのとき客席の労働者風の男が何か叫び返した。非難でも受けたのか、と思いながらベルの表情を覗き見る。
 彼女は、一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐに笑顔になって手を振り返した。機内から歓声が上がる。
 少し途惑いながらデイビーが視線を泳がせていると、小魚が掠れた小さな声で囁いているのが聞こえた。すぐに顔を寄せると、耳元の方にもう一度囁く。「……『お嬢ちゃん頑張れよ、おじさん達も頑張るから』って」
 そろそろと立ち上がり掛けている小魚の腕を掴みながら、デイビーは得意げににっこりと笑った。げんなりとした様子で小魚は呟く。「……さすがは俺の惚れた女、とでも思ってるんだろ。勝手にしろ」
 「止まるわよ」突如険しい声でベルは言った。既にその言葉は、ハングルに戻っている。彼女の第一言語、この国の言葉。これからずっと言葉の通じない国で行動するんだ、と考えるとデイビーは少し気が重くなったが、よく考えてみればベルも双子も、何の当てもない見知らぬ国で生活を始めたのだ。不安だなんて言っている場合ではなかった。
 いよいよ、第一の決戦のとき。


 空港は、急な航空機の着陸で狂騒を起こし掛けていた。まずは航空機同志の事故を防がなければ、この国には数少ない貴重な乗り物を何台も瓦礫にしてしまうことになる。早朝なのも手伝って、旅客機は何台も空港内で休んでいるし、対応出来る人員も圧倒的に不足していた。裏航空機が中央空港へ着くという前代未聞のハイジャック事件で、マニュアル通りに対処することさえままならないという有様だった。
 だから、空港警備隊に起動命令が渡らなかったのも、当然と言えば当然の成り行きかもしれない。銃を持って空港内を常にうろうろしている警備隊も、このような場合、航空当局からの指示がなければ動くことが出来ないという制度になっている。今までこのタイプの事件がなかった為、そのシステムの問題点も露見していなかったのだ。
 若い志願兵の鄭は、空港警備隊に所属が決まって以来ずっと、ここの制度に疑問と不安を感じていた。仲間は杞憂だと笑ったし、下手に上司に言うと『国家の決めたことに逆らうのか』と鞭で殴られるのが関の山で、ずっと心に隠して来ていたが。その為に事件の一報を聞いたとき、遂に、と呟くのを我慢出来なかった。さすがに、トイレに行ったときに通り掛かりの管制官から、あのジャック機がここに緊急着陸すると言うことを聞いたときは顔色が変わったが。
 「やっぱり、何もしなくていいんですか?」鄭は隣に立っている一年先輩の唐に尋ねた。こともなげに妙に老成した先輩は答える。「仕方ないだろ。勝手なことをしたら、反逆罪なんだから。口惜しいが、黙って見ているしかなさそうだな。まあ、こんな事件そうそう拝めるものでもないから、見物でもさせてもらおうか」
 唐は、空の上から彼等を嘲笑うように降りて来る機体を眺めていた。周りを見渡すと、エプロン待機を命じられた他の隊員達も皆、為す術もなく立ち尽くしている。
 今朝髭を剃り忘れて、無精髭の生えた顎に手をやりながら鄭は言った。「……何か、大胆な犯人ですよね。捕まるってこと、始めから念頭に置いてないような」
 「置いてないんだろ。そんな臆病者がこんな真似、端から出来る訳ないだろうが」投げ遣りに唐は言った。彼は胸元のポケットから煙草を取り出して、火を着ける。ふわりと白い煙が漂った。「それ、滑走路の向こうからお出ましだ」
 鄭が唐の視線を追うと、確かにぐうん、と揺れながら裏航空機特有のスカイブルーが走って来るのが見えた。湾曲した滑走路を、微かに機体を傾けながら速度を緩めている。
 しばらく茫然と眺めていると、飛行機はゆっくりと彼等の目の前で動きを止めた。だが、何か物凄い違和感を覚える。それが何だかわからないまま、何とか用意が整っていたらしいタラップが運ばれて行く。その瞬間。
 巨大な照明塔に付いたスピーカーから、連絡が入った。『搭乗口が開いた瞬間に、目一杯撃て。とにかく犯人と思しき疑わしい奴が搭乗口から出て来たら、容赦なく撃ち殺せ』
 思わず鄭は身をすくませる。だが、至って冷静に唐は胸ポケットの通信機を取った。そして、平然と言う。「我等の待機位置からでは、絶対に当たりません。搭乗口は、反対側です」
 そして、ようやく違和感の原因に気付いた。飛行機が奇妙な方向を為して止まっているのだ。警備隊は一応着陸ぎりぎりに待機したものの、安全性の問題もあり、通常に搭乗口のある方向に集まってしまった。ここから搭乗口に見えるのは、貨物室の入り口である。
 気付いた兵から搭乗口に向かって走り出したが、そのときには既にタラップが据え付けられて、出口も内部の手によって開かれていた。「無駄だろ」隣を走る唐が呟くのが聞こえる。
 だが、犯人はそこからは出て来なかった。見ると、機体の後方にある非常口から緊急脱出用のスロープが出ている。そして、そこからはぞろぞろとくたびれた風情の労働者風の人間がぞろぞろと出て来ていた。一同が呆気に取られていると、近くに止まっていた一台の小型運送バスが物凄いスピードで非常口に向かって行く。それを運転しているのは、職員らしからぬ見覚えのない男。
 バスは、一気に溜まっている人込みの中に突っ込み、速度を緩めた瞬間に三人ほどの人間を乗せた。そして、そのまま凄まじい勢いでエプロンを抜け、滑走路脇の芝生面に突っ込み、走り抜けて行く。
 『何をしている、さっさと撃たんか』スピーカーがきんきんとノイズ混じりに叫んだ。誰かがぼそりと呟くのが聞こえた。「だって、『搭乗口から出て来たら撃て』って言ったじゃないか。あいつら非常口から出て来たのに」
 もっとも、と鄭も思う。多分取り逃がしたら咎められるのだろうが、バスは既に射程範囲の外まで行ってしまったように見える。下手に撃てば、仲間にも当たりかねない。鄭は、隣の唐に倣って腕の銃を下ろした。
 最前列の十人ほどがバスに向かって乱射していたが、バスは適当に避けながら空港の滑走路側の端、それを囲む有刺鉄線とブロック塀に向かって突進して行った。呆れたように唐が言う。「おうおう、豪快なやっちゃ」
 次の瞬間、激しい轟音や煙と共にブロック塀が崩れ落ちた。


 「男らしいわよ、ベル」耳栓を抜きながら、大花は感心したように言った。「取り敢えず、あたし達が吹っ飛ばなくってよかったわ」
 手荷物の中に隠しておいた火薬を使い、ベルはバスに乗り込んですぐに即席の手榴弾を作ったのだ。見ているだけだと、いとも簡単に彼女はそれを作ってしまったようだった。即席とは言えども威力は抜群で、バスのバックミラーが歪んでしまっている。
 大花は、座席の間でしゃがみ込んでいる小魚の頭に手を乗せた。「あんたも偉い偉い。荷造りのプロと今度から呼んであげよう」空港のセキュリティチェックで引っ掛からない武器を調べ、各自の機内持込用手荷物に隠していたのは彼だった。
 ベルは運転席の脇で、ガラスのはまっていない窓から身を乗り出していた。「ちょっと警備隊を舐め過ぎたかしら。まだ追っ駆けて来てるわ」そして、デイビーの耳元で英語で囁いた。「後ろの車、全部振り切って」
 正面に視線を固定したまま、にやっとデイビーは笑った。その瞬間、バスがぐらりと揺れ、外を流れる風景が一気に加速する。
 思い出したように、数回銃声が聞こえて来たが、特に何の変化も起こらなかった。ベルが見た限り、どうやら向こうはタイヤを狙っているらしい。だが、見事に一発も当たらない。
 「凄いわよ、デイビー」ベルは、今度はハングルで言った。
 突然バスは低木の藪の中に突っ込んで、それらを次々と薙ぎ倒しながら依然暴走を続けた。笑い声を上げながら、ベルは更に言葉を重ねる。「凄い凄い、尊敬するわデイビー」言葉がわからないながらも、誉められているのはわかったらしい。デイビーは嬉しそうにハンドルを切る。
 「何おだててんの」言いながら振り向いて、大花は背後に一台の車の影もなくなっているのに気付いた。「……あたしもおだてちゃお」
 間もなく、藪は切れる。その先の高台は、平壌市街を見渡すのに絶好の位置だった。そのことをデイビーが知るまで、もう少し時間が必要である。
 そしてその場所に警備隊の車が追い付くまで、更にもう少しの時間が必要であった。――取り敢えず、ハイジャックは成功したらしい。




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