44 不満 | モクジ | 46 告白


手向け

 お墓参りにきたの。
 あたしの旦那さんの、前の奥さんなのよ

 うん、そう。
 旦那さん忙しいから、あたし一人で来たんだけどね。


 いや、ばたばたしてたからあたしもすっかり忘れちゃっててね、
 弟に電話で言われてようやく思い出したって言うか。
 あのね、双子の弟なんだけど、今は南の方に住んでるの。
 まぁしっかりしてる奴だから、色々電話で世話になってるんだけど。

 言われてみたらそうよね、
 あたしはいわゆる後妻ってな訳だし。
 失礼な言い草になるけど、奥さん健在だったら
 今頃あたしは出る幕なかった訳だもの。
 きっちりご挨拶しないと、申し訳立たないわ。


 旦那さん?
 凄くいい人よ。優しいし紳士だし真面目だし、
 ちょっと年が離れてるけど、別にあたしは気にしないもの。
 でも、どこが一番好きなのかって言われちゃ困るわ。
 ――やだ、困るって言ってるのに訊かないでよ。

 それもそうね、お互い誰だか知らないんだから
 どうせ旦那さんの耳には入らないわよね。
 ……あのね、恥ずかしいからあんまり言わないでね。

 亡くなった前の奥さんが、今も一番好きなんだって。
 真面目くさった顔でそんなこと言ったのよ。
 あたしがめいっぱい誘惑する気満々で詰め寄ったときに。


 想像できる?
 もう定年直前のおじさんがそんなこと真剣に言っちゃうのよ。
 こんなセクシーなお姉さんに言い寄られてたじたじになって、
 人の好き嫌いに序列つけるみたいな野暮ったいことを
 平気で言っちゃうみたいな不器用で真面目な人なのよ。

 前の奥さん偉大だわ。
 いや、冗談抜きで尊敬する。ホント凄いわよ。
 このあたしよりも早く、あんないい人捕まえたなんて。
 しかも、しかもね、あのおじさんをして、
 このあたしよりも素敵だなんて抜け抜けと言わしめる人なのよ。
 もう、ちょっと想像つかないわよね。


 ヤキモチ? そんなの焼いてどうするの。
 はなから適いっこないじゃないの。
 幾らあたしがいい女でも、亡くなった人相手に勝負はできないわ。
 知ってる?
 亡くなった人は世界一のいい女よりもいい女になれちゃうのよ。

 ――それに、前の奥さん旦那さんが嫌いで別れた訳じゃないもの。
 どっちがより旦那さんのこと思ってるかって言ったら、
 あたしきっと、勝ち目ないような気がするの。

 だからうちの人はね、あたし一人の旦那さんじゃないの。
 前の奥さんと、二人分の旦那さんなのよ。
 あたしはただ、前の奥さんから預かってるだけなんだわ。


 ……?
 何であなたがお礼を言うの?
 ちょ、待ってよ。うちの旦那さんはね、
 あたし以外には前の奥さんだけのものなんだからね。
 
 ――そうよ、周大花と李永叔の全秀漢なんだから。



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